第1回「キックオフ」
Table of Contents
当日の流れ
- マイナンバーの目的と活用
- マイナンバーの課題と応用事例
- 投票について
- 選挙(公的な投票)について
- インターネット投票のポテンシャル
参加者一覧
アクト
- 小林 智彦
- 浅井 延幸
- 丸山 速人
ケンタウロスワークス / 早稲田リーガルコモンズ法律事務所
- 河﨑 健一郎
コラボゲート
- 栗原 宏平
コンプス / オルツ
- 西村 祥一
サイボウズ・ラボ
- 光成 滋生
GVA 法律事務所
- 牧野 史晃
日立製作所
- 江丸 裕教
- 長沼 健
- 齊藤 紳一郎
富士通研究所
- 堀井 基史
クーガー(主催)
- 石井 敦
- 石黒 一明
- 佐々木 俊平
- 辰巳 ゆかり
- 石田 謙太郎
- 田中 滋之
1. Executive Summary
- 日本の電子政府化は遅れており、マイナンバーの歴史もまだ浅く、これから改善が進んでいく余地は大いにある。
- 電子投票は技術的には可能であっても、セキュリティの課題も残っており、導入までの壁は大きい。社会の理解を得るための XXX の変化や XXX への説明力が必要。
- 投票の形態も XXX や XXX など様々であるため、実装を行う際にはターゲットを絞ったうえで進める。
- 一方でインターネット投票によって投票率が上がるとは限らない。導入効果についても見極める必要がある。
2. Introduction
個人を識別する番号として、国家が導入を推進しているマイナンバー。行政手続きの効率化や公正・公平な社会の実現を目指し、マイナンバーの普及活動が進められている。 新型コロナウイルスの拡大から、行政手続きによる役所への密集を避ける目的や、スムーズな証書発行などのために、マイナンバーカードの申請数は増加している。 一方、マイナンバーカードの製造コストの増加、複数の管理者が絡むことによるシステムの複雑化やガラパゴス化など様々な課題が指摘されている。これらの課題を背景に、有識者が技術・ビジネス・法律など様々な角度から課題を深堀し、社会実装に向けオープンな仕様書を提案してくために立ち上げられたのが、「ID× 投票 × ブロックチェーンワーキンググループ」である。第 1 回のワーキンググループではマイナンバーや投票にまつわる前提知識をベースに 2 回目以降に掘り下げていくべきイシューの議論を行った。
3. Details
3.1 マイナンバーの目的と活用
総務省のホームページ(*1)によると、マイナンバー導入の目的として、① 国民の利便性の向上、② 行政の効率化、③ 公正・公平な社会の実現を掲げている。私たちが普段利用している多くの IT サービスでログインが求められるように、個人に紐づいたサービスを享受する上で、ID の活用は必須である場合が多く、行政サービスにおいて ID の役割を果たすのはマイナンバーである。現状、多くの行政手続きでデジタル化が進んでおらず、 国民の利便性の向上や公務員の業務の効率化など、生産性を高めるための仕組み作りは実現できていないが、マイナンバーの導入により改善を図っている。
政府はマイナンバーカードの浸透に向け、マイナンバーの利用による給付金のオンライン申請や健康保険証としての利用、決済アプリと連携したポイント付与など、国民の利用インセンティブを高める動きを見せている。新型コロナウイルスによってマイナンバーカード普及への追い風が吹く一方、2020 年 5 月末時点での普及率は 16.7%と低い数字となっている。マイナンバーを取り巻く課題について見ていく。
3.2 マイナンバーの課題と ID 活用事例
2013 年に刊行された「マイナンバー法のすべて」では、マイナンバーに関して 3 つの課題が指摘されている。
① コスト肥大化の問題
- 国・自治体・その他の機関など、別々の法律や制度や管理者の中で単一のシステムを作る難しさ。
- システムへのアクセス手段が国の配布する IC カードに限定されているかつ、それに伴う IC カードの製造コストの増大。
- 組織間の連携を可能とする設計の乏しさによるシステムのガラパゴス化、それに伴う開発コストの増大。
② プライバシー保護の問題
- 国が発行する IC カードにログインが限定されており、国が管理するから安全であるとする危なさ。
- 情報保有機関の個人に振る番号をマイナンバーに共通化する想定から発生するプライバシー侵害リスク。
③ アクセス手段限定の問題
- マイナンバー ID のみを受け付けるシステムが増えた場合、民間企業が発行する ID でのアクセスができない領域が増え利便性が低下する。
- マイナンバー ID から特定可能な情報が多く、重要な場面以外では利用するべきではない。認証に適切なレベルの ID でアクセスさせる必要がある
2020 年時点では、民間企業が提供する決済アプリとの連携やスマホ利用の検討など、上記の課題に対する解決策は徐々に進められているものの、世界的に見ると日本の行政のデジタル化はまだまだ道半ばである。
例えばシンガポール政府は 2016 年ごろから官民共通のデジタル ID 導入を積極的に進めている。特徴として、政府のインフラ基盤を民間に対し積極的に開放している事が挙げられる。これにより、企業は政府提供の共通 API や各種ツールを使って認証基盤を自社のサービスに導入することができており、開発や業務コストの削減に繋がっている。
一方、中央集権型システムであるためトラブルが発生すると機能不全となるリスクや、民間企業での導入が想定通り進むのかといった点で課題も残っている。
ブロックチェーンを活用した ID サービスもある。Ethereum を利用した分散型デジタル ID サービス「uPort」はユーザーがモバイルデバイスを紛失してキーにアクセスできなくなったとしても、uPort 上で永続的な識別子を保持することができるようになっている。
また、マイクロソフトは 2016 年に uPort(Ethereum ベース)と Onename(Bitcoin ベース)と連携して、国連が提唱するすべての人に法的な ID を提供するためのオープンソースのクロスチェーン ID システムの開発を発表している。
日本の ID× ブロックチェーンの事例としては、富士通が開発を進めている取引相手の信用力を判断するアイデンティティー流通技術「IDYX(IDentitY eXchange)」がある。IDYX はユーザーが取引を行った際に相手に対してお互いに行う評価と、過去の取引などから個々に構造化されていくユーザー間の関係性を使って、取引相手の本人情報の信用度と詐称リスクを分析している。
議論
栗原 韓国が世界で最も電子政府化が進んでおり、国民ナンバーを用いたサービスの享受が当たり前になっている。韓国では 1968 年から導入が始まっている。対する日本はマイナンバーの歴史は浅く、発展途上である。また、日本はマイナンバーに関する訴訟もあり、国がどの様にマイナンバーを位置づけるのかといった問題の解決や、仕組みの積極的な開示を進めていく必要がある。
堀井 IDYX を開発する上では、google の検索エンジンとなったページランクのアルゴリズムなどを利用し、取引データなどを分析することで個人の信用スコアを作る部分で難易度の高さを感じた。
長沼 IDYX が採用しているブロックチェーン技術は何か。
堀井 インディーを利用しているが、スピードが遅く別の技術の利用も検討している。
長沼 日立でもインディーを検討しているが、ドキュメントも少なく動かす大変さを感じている。
技術・法律・ビジネスなど複数の専門領域からなるワーキンググループでは、マイナンバーの前提から見つめ直していく。例えば、本当にマイナンバーカードに生年月日や性別の記載は必要なのかという問いである。 Apple 社が提供している物理クレジットカードの記載は氏名に限定されており、クレジットカードで当たり前であるセキュリティコードやクレジット番号の情報は印字されていない。安全性をアピールする Apple 社の取り組みだ。 マイナンバーカードを扱う際の本人証明が重要な局面において、その人がいつ生まれたのかという情報自体は重要ではなく、本人であることさえ証明できればよい。これらの前提をベースに解くべき課題の設定を行うことが重要となる。
3.3 投票について
投票領域においてもブロックチェーンの活用は進められている。2020 年 6 月に Bitflyer 株式会社はマイナンバー認証を用いたブロックチェーン投票によるバーチャル株主総会を行った。Bitflyer 株式会社は経済産業省が 2 月に「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」に課題として挙げていた”なりすまし不正”をブロックチェーンとマイナンバーを活用して防止する仕組みを提供している。
またエンタメ領域においても投票 × ブロックチェーンの活用が進められている。その一つがゲームである。CryptoGames 株式会社の場合、ユーザーにとってキャラクターやそのパラメーターは資産価値を持つ物と定義している。そのためブロックチェーンの活用により中央集権性を排除し、運営側がユーザーの資産に干渉することなく、ユーザー投票でキャラクターのパラメーターを決めている。
3.4 選挙(公的な投票)について
インターネット選挙について各国で活発な動きは進められているものの、大きな成果は得られていない。その原因の一つがセキュリティ面の懸念である。選挙の場合、国や市町の政策に関わり、巻き戻しが困難であるため、リスクを取ることが難しい。以下では国や市区町村でのインターネットを活用した選挙の事例をあげていく。
アメリカ
アメリカでは、アリゾナ、コロラド、ミネソタ、ノースダコタの 4 州で、主に海外からの投票者向けに専用のウェブサイトを通じた投票を可能としている。また、ウェストバージニア州では、ブロックチェーン技術を使った投票用モバイルアプリが提供されている。他にも 19 の州で e-メールないしは fax を使って投票することができる。導入は進んでいる一方で、スマートフォンからの投票を受け付けたワシントン州では、投票率が改善したという結果を得ることはできていない。
スイス
2003 年以来、各州が主導して 300 を超える選挙や国民投票でインターネット投票を行ってきたスイスでは、連邦政府が主導し、2019 年 10 月の連邦議会選挙において全 26 州のうち少なくとも 2/3 以上の州でインターネット投票を予定していた。しかし、システム開発費の高騰やセキュリティ面の問題から、2019 年の連邦議会選挙ではこれまでにインターネット投票を行っていた州も含め、すべての州でインターネット投票の実施が見送られることとなっている。
エストニア
エストニアは国政選挙で全国民を対象にしたネット投票を実施している。エストニアの国民は、パソコンとエストニアの ID カードさえあれば、世界中のどこにいても選挙に参加することができる。有権者はダウンロードした投票用ソフトウェアから、ID カードに記載されている数字とパスワードを入力し、候補者を選択するのみという簡便さである。また、買収や脅迫に対する対策として、期間内であれば投票内容を変更できるシステムになっている。エストニア政府は、人口 130 万人のうちおよそ 30%が電子投票システムを利用しており、1 回につき 1 万 1 千時間もの労働時間が削減できると述べているが、電子投票システムの脆弱性は問題視されている状況である。2014 年にミシガン大学で行われた、実際のシステムと同じ構成を持つダミーシステムを用いた安全性検証によると、投票者のコンピューターへのハッキング、投票システムにマルウェアを仕込むという 2 つの方法で、選挙結果を操作できることが判明している。
日本
2018 年 8 月:つくば市がマイナンバー × オフライン投票の実証実験
- 個人認証: マイナンバーカードを利用。複数の認証サーバーを経由し、本人確認を行う。
- 投票: 暗号化技術を用いて、投票数を正しくカウントしながらも、誰に投票したのか第三者にわからないような秘密性を担保。
2020 年 5 月:総務省が全国5市区町でマイナンバー × インターネット投票の実証実験
海外で暮らす有権者を対象に、国政選挙での導入が検討されているインターネット投票の実証実験を実施した。スマートフォンの専用アプリでマイナンバーカードの読み取り・、パスワードの入力を行い、投票する仕様である。アプリ内では投票のためのログインおよびデータ入力後の登録時と、2 回のカード読み取り・パスワード入力を要求している。登録時はデータの暗号化のためである。
議論
石黒 投票制の誕生から長い年月が立っているが、オンライン化が進んでいない背景として、セキュリティを求められるレベルまで引き上げる際のコストや、改ざんされた際に致命傷を負うリスクが大きいという事情がある。アメリカでは Open vote foundation がインターネット投票までのマイルストーンを作成していたが、セキュリティレベルが満たされるまで実装を始めないことを発表しており、道のりはかなり険しいと考えている。
石井 インターネットの登場により、すべてインターネットに移行できないかという考えが起こりがちであるが、インターネットは情報の保護に関する課題や、改ざんしやすさなどの問題もあり、紙と比べた際のデメリットが残る。
投票者および管理者の両側面から現在の選挙の課題を検討した。投票者について見ると、① 政治への関心の低下、② 高齢者など移動が困難な人にとって投票所に足を運ぶ困難さ、③ 一票の格差、④ 手続きの複雑性などが課題としてが挙げられる。特に課題 ② の車移動が必須であるような地域や在外の住人にとって、インターネット投票の利便性は非常に大きい。
小林 現状の選挙システムは自治体ごとに環境を構築する必要がある。また、資本の少ない一部市区町村では、コストの問題からシステムの導入は進みにくい。
河崎 秘密性とセキュリティの面でなかなか実装が進んでいないと考えていたが、つくば市の事例などから徐々に機が熟してきていると感じた。社会実装の最大の壁は変革の受け入れにある。ハンコ文化も、問題は沢山あるにも関わらず、当たり前に続いている。現行の投票制度も多くの問題を抱えており、技術的には解決できるものも多いが、解決には至っていない。問題を解決するためには、社会そのものの変化が求められるが、今回のコロナは非常に大きなチャンスになる可能性がある。
石井 投票のような秘密性やセキュリティが求められる場面において、ブロックチェーンを活用した ID システムを構築することができれば、様々なシーンでブロックチェーンが活用される未来が見えてくる。
河崎 選挙をデジタル化する目的でブロックチェーンを実装する際、公職選挙法などの法規制に抵触しないかという文脈でリサーチをしていく必要があると感じた。
斎藤 自治体が導入する際の低廉なコストや導入した時のある種の達成感など、技術的な実現性以外の価値の掘り下げが重要になってくると思う。
石井 Linux は当初は評価の低いオープンソースであったが、今や世界中の企業が Linux を使っている。社会が求める「標準」として認められることで、多くの人がそれを選択していく。
小林 インターネット投票の導入により、若者の投票率が向上するというメリットが期待できる場合にも、今の自民党政権にマイナスとなる場合は採用されないなど、政治的な背景も影響してくるのではないか。
光成 暗号化による改ざんへの耐性の強化は重要であるが、導入する際には安全性をわかりやすく説明する必要もある。多くのユーザーは複雑な数式を用いた説明を理解できず、ただ信用するしかない。
石黒 投票者の秘匿性実現などのメリットはあるが、公平性や透明性の担保にも配慮する必要がある。実際にブロックチェーンの投票や募金の際、オフライン空間や SNS で共謀などが起きており、マイナスの面についても考えていく必要がある。
石井 投票の仕組みの裏にある課題を深堀していくことで「なぜ今インターネット投票が進んでいないのか」の解像度があがっていく。
栗原 つくばの実証実験の話を聞いた際、当時から在外の人向けにインターネット投票をしたいというニーズは大きかった。例えば、アメリカでは、例えば軍隊のために在外投票が発展している。投票も様々な種類があるため、ターゲットを絞ることが得策だろう。
牧野 人口が多く投票率も高い世代が高齢化していく中で、導入を促すターゲットの選定は重要な課題であると思う。また、インターネット投票の導入が進んでいない理由として、紙の投票は選挙に対して儀式的なイメージを持たせることに貢献しているのではないかと考えていた。
3.5 インターネット投票のポテンシャル
インターネット投票はコスト面でもメリットがある。現状では、多額の税金が選挙のために支払われている。政府が作成している行政事業レビューシートをもとに、金額の内訳について考察した記事(*3)によると、平成 28 年の参院選では 528 億円もの税金が投入されたとしている。うち新聞社 8 社に対しては、新聞広告費として 14 億円を支払っている。投票率は 54.7%であったことから、14 億円もの広告宣伝費の ROI が高かったのかを議論する余地はあるだろう。紙媒体ではなく、インターネットや SNS で情報を展開することで、投票率の低い若年層をターゲットとして広告ができる。また横浜市では、5 億円近い人件費がかかっている。インターネット投票によって、人への依存を減らし、投票の UX を向上することで投票率をあげることができた場合、コストの削減が実現できる可能性がある。
参議院選挙「1 票= 500 円」を肝に銘じる。より引用 参議院選挙「1 票= 500 円」を肝に銘じる。より引用
4. Conclusions
「ID」という存在は広く親しまれているが、その適応範囲や権利のあり方は常にアップデートされている。その中で、行政機関が主導している国民 ID =マイナンバーは日々存在感を増しており、民間企業の発行する ID との切り分け、および連携の課題を深掘りしていくことが求められる。行政機関そのものが巨大組織であり、機関毎の役割も異なることから、何に対する課題解決を行うかというテーマ設定を行う必要がある。ブロックチェーン技術の ID や投票への応用は、P2P の仕組みを前提としてデータ所有権の個人化や、トランザクションの証明性など様々な強みを背景に用いられている。今後、ワーキンググループ前半では全体課題の洗い出し・深掘りを行い、特定の課題を抽出して後半での仕様書の作成やプロトタイプの実装を進めていく。
参考
- 総務省ホームページ「マイナンバー制度」
- 八木 晃二 (2013). マイナンバー法のすべて マイナンバー制度の問題点
- 参議院選挙「1 票= 500 円」を肝に銘じる